ヒト・コト・ミライが交差する
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REPORT

“非常識”な建築家・谷尻誠の仕事術

独創的な発想によって、既成概念に疑問を投げ掛けるような空間を生みだす建築設計事務所SUPPOSE DESIGN OFFICEの共同代表である建築家・谷尻誠さん。施主の依頼を具現化するいわゆる“建築家”の域にとどまらず、自身の事務所の社員のための食堂を地域にも開いた「社食堂」の開設や斬新な不動産会社の運営まで、その活躍は多岐にわたります。今回は、谷尻さんの幼少体験から最近の活動までを振り返り、時代の先端をいくその発想のオリジナリティの秘訣や仕事術を語っていただきました。


あいまいな空間感覚が養われた、“SUPPOSE建築”の原点

太田睦子(『IMA』エディトリアルディレクター/以下、太田):私が谷尻さんとお会いしたのは10年くらい前ですが、そこからいまに至るまでご活躍の幅がどんどん広がっていき、大活躍なさっています。このトークのために打ち合わせをさせていただいた際に「寂しがり屋のほっといてちゃん」とおっしゃっていましたよね。

谷尻 誠(以下、谷尻):そうなんです。僕は基本的にわがままで、一人でご飯を食べられないのでいつも誰かと食べるようにしていますが、そのくせ集中したいときはほっといてほしいという(笑)。

建築家の谷尻誠さん(右)と太田睦子『IMA』エディトリアルディレクター

太田:後々お話に出てくると思いますが、その性格がかなりお仕事に生かされていますよね。

谷尻:結局、人のことを気にしすぎるとやりたいことがやれない。だから、「やれること」より「やりたいこと」が本当はイニシアチブを取らなければいけないはずです。人に気を遣いすぎて、本来の目的が希薄になってしまうことは仕事でもあるんじゃないでしょうか。だから、時としてわがままになることって実は大切なことだと自己肯定しています。

幼少期は広島の田舎で過ごしました。いまになって良かったと思うのは、近所に遊ぶ場所が用意されていなかったことです。川で釣りをしたり、魚屋さんでもらった発泡スチロールで船をつくって船出してみたり、雪が降れば山に入ってスキーをしたり、その時々の状況に合わせてどこで何をして遊ぶかを考える子ども時代は、ある種「与えられることのない環境」でした。それはつまり、「自分で考えないと何もできない状況」で、おかげで自分から行動をする習慣が身についたと思います。そういった経験がいまの仕事でも生きています。

太田:以前「なんで建築家になったんですか?」と聞いたら、「おうちが細長くて……」とおっしゃっていましたよね。

谷尻:珍しい形の家に住んでいたんですよね。玄関に入ってもしばらく歩いてずーっと奥に進み、中庭をすぎて、やっと靴を脱いで居間に上がると。台所に行くにはまた靴を履いて、寝るときにもまた靴を履いて移動してと、家のなかなんだけど外でもあるような。建築に興味を持ったきっかけは、もともと倉庫だった部分を父親と一緒に1年くらいかけて自分の部屋にしたという経験があったからですね。

谷尻さんのご実家の図面

太田:現在の建築スタイルに通じるものがありますよね。

谷尻:そうですね。屋内に外部が存在するようなあいまいな空間感覚が、自分の幼少期の体験のなかで養われたと思っています。

 

常識が正解とは限らないと気付かせてくれた、スリーポイントシュート

谷尻:そんな幼少期を過ごした僕ですが、小中高は出来損ないでした。他力本願で勉強せず、学校に行っても授業はほとんど聞かず。というのも、早朝に新聞配達のアルバイトをして、そのあとバスケ部の朝練をしていたので、授業中は眠くてしかたなかったです。

ただ、唯一バスケットボールだけは真面目に取り組んでて、全体練習が終わったら居残りして、スリーポイントシュートを200〜300本打って家に帰るという習慣を繰り返していました。その結果、100本中95本くらいはシュートが決まるようになり、最終的には目をつぶっていてもゴールに球が入るようになったんです。でも、試合になると、スリーポイントシュートを打とうとする僕のことを邪魔する相手が出てくるわけですよ。それで、あんなに練習したのに練習と同じようにシュートが打てないなら、練習の意味がないということに気付きました。

以来、スリーポイントラインから1メートル後ろに下がってシュートを打つ練習をはじめました。同じように毎日200〜300本打ち続けていると成功確率が高まり、いざ試合に臨んでみると今度はいつもの練習通りにシュートを打つことができたんです。そのとき「ああ、このスリーポイントラインというのはシュートを打つ意思を相手に教えてしまう線なんだ」と思いました。一般的にはゴールに近ければ有利と言われますが、1メートル離れた不利なポジションを取ったら圧倒的優位に立てたんです。

いまのはひとつの例ですが、世のなかで言われている正しいことって、唯一の正解とは限らないんですね。社会に出たいまも、何に対しても自分ならどうするかを考えるようにしています。このスリーポイントシュートのエピソードがなければ、いまの僕はなかったかもしれません。

バスケットでそのまま大学に進むこともできたのですが、将来的に学校の先生にしかなれそうになかったので、その道は選びませんでした。かと言って大学に進めるほど勉強もしていませんでしたし、まだ遊びたい盛りだったので就職ではなく建築の専門学校に入学することにしました。

太田:そこで建築を選んだのはなぜでしょう?

谷尻:なんとなくインテリアデザインに興味があったので。それから授業をちゃんと聞くようになりました。テストの成績も良く、先生にもやけに可愛がっていただけた印象があります。

そうして自分でとにかく判断しないといけないということを、いろんな経験から学びました。みんなが言うから正しいのではなく、自分にとって正しいものとはなんなのか、価値とはどう言うものなのかを考えるようになりました。だから建築家としては、まずは価値をつくることを目指しています。

 

クライアントとの共犯関係構築がイノベーションのカギ

谷尻:建築家になって思うことは、新しい提案に対して多くの人がネガティブな反応を示すということです。ではなぜ新しいことに否定的になってしまうのか。それは「知らないから」なんですね。特に最近の世のなかは、失敗を恐れすぎているように思います。新しい提案に対してよく「前例はありますか?」と問われますが、前例がないからこそ僕はその提案をしているんですよ。でも多くの人が過去ばかり気にするんですね。

太田:2020年の東京五輪に向けた国立競技場もそうですが、建築コンペなどでは過去に同様の建築を手がけた実績がある建築家だけに、参加資格が限られたりすることも少なくないですよね。それでは新しい人には参入の余地がありません。

谷尻:失敗したくないからなんでしょうね。新人に任せて失敗したら問題になるでしょうから。でも、問題になればいいんですよ。問題になるから問題をいかに解決しようと模索して、新しい価値が生まれるんです。むしろ、新しいものが生まれるときに問題がないはずがない。

僕は斬新な提案をするとき、いつも金閣寺を引き合いに出します。金閣寺は構想段階では、みんなが賛同したとは思えませんよね。きっと賛否両論あったはずですが、時間を経ていまや崇め奉られる存在となっている。イノベーションの継続が伝統ですから、できることばかりを繰り返していては、後世に残るものなんてつくれるはずがないんです。そんな説明をすると、少しだけ理解を示していただけます。

太田:では、自分の意見の味方を増やすにはどうしたらいいのでしょうか?

谷尻:だますしかないですね(笑)。ただ、単純にだますだけでは、途中で上手くいかなくなったときに「こんなはずじゃなかった」と仲間外れにされてしまいます。だから「共犯関係」を結んで、仲間を増やしながら世のなかをだまそうと心がけています。

太田:「共犯関係」に持ち込むにはどうすればいいんですか?

谷尻:ヒアリングを重ねて出たアイデアに自分らしさを加える。「あなたのおかげでこのアイデアができました」という状態に持ち込むために、クライアントと結託して提案を進めていくわけです。

太田:するとクライアントと建築家という縦関係ではなく、志を同じくする仲間同士の横関係が結ばれるということですね。

谷尻:問題が起きてクライアントが怒ってしまったようなときには、クライアントの横に座り「え? どうされました?」とすり寄る感覚で、一緒に解決する方向に持っていくように振る舞うんです。

太田:カウンセラーのような接し方ですね。以前も「クライアントと自分たちはどちらが偉いわけでもない」とおっしゃっていましたよね。

谷尻:頼む人は自分でつくれないから僕らに頼むわけですよね。「お金払ってるのだから」と偉そうにしている人がいますが、僕は「あなたお金はあるけど知恵がないよね」と思うんですよ。お金と知恵の等価交換をしている感覚なので、クライアントに媚びることはありません。

 

交渉力より謙虚さが肝要?

太田:実際の仕事から「共犯関係」構築の姿勢がうかがえる事例を教えていただけますか?

谷尻:6年程前に、ドイツの某自動車メーカーのショールームのコンペに参加しました。僕らがヘッドオフィスを構える広島市内にある広島平和記念資料館のピロティーと呼ばれるデザインを提案のインスピレーションにしました。このピロティーは吹き抜けになっていて、柱以外何もありません。そこには本を読む人や犬の散歩をする人、音楽を奏でる人などがいて、さまざまなことが同時に行われている光景が広がっています。なぜかと言うと、具体的な機能が与えられていないからいろんなことが起きるんです。

広島平和記念公園。本館下の空間をピロティーにしている

そもそも多くの建築には機能が当てはめられています。例えばリビングルームにはソファを置きたくなるし、食事はダイニングルームで済ませたくなりますよね。でも、そうした常識にとらわれない自由な空間ってすごく魅力的だと思ったので、あえてショールームを2階に押し上げ、1階を全面ピロティーにして機能のない贅沢な空間を設けました。その時々のコンセプトに合わせてイベントなどを開催して、メーカーの考えるカルチャーを発信する場にできたらいいのではと。

結果、一次選考でバッチリ落選しました(笑)。ところが、1週間後にまたメーカーから連絡が来たんです。ドイツ人の上司が僕らの提案を見て、話を聞きたいと。僕は嬉しい気持ちをグッと我慢して一度お断りをさせていただきました。非常に性格が良いので(笑)、「見たい!」と言ったら諦めないだろうと思ったんですね。そうしたら案の定すぐに電話がかかって来て、なんとかもう一度プレゼンをしてほしいと。

ですが、僕はもう一度お断りしました。なぜなら、その人の周りには僕を落とした審査員が顔を連ねているので、僕にとって不利な状況は変わらないわけです。そこで僕はその方に対して「ドイツから日本に来て、僕のプレゼンを生で聞いて審査に関わってくれるならば次に進みます」と交渉して、ようやく次のステップに進みました。

太田:で、その結果は?

谷尻:負けました(笑)。

太田:何段落ちもありますね(笑)。

谷尻:このエピソードから皆さんにお伝えできる教訓は、「謙虚であれ」ということでしょうか(笑)。

太田:いまでこそライフスタイルの創造をブランディングにするのはトレンドですが、そのころはまだ理解されがたいものだったんですね。

谷尻:時代を先取りしすぎましたね(笑)。

 

本質を見抜くことから生み出される発想力

太田:他にはどんな事例がありますか?

谷尻:では、宮島の展望台のコンペについてお話ししましょう。広島県主催で、弥山という山の山頂に展望台をつくるというものでした。世界遺産に建物をつくれるなんてまたとないチャンスなので、挑戦することにしたんです。まず調査のために現地に足を運んで建設予定地から麓を眺めていたら、はっきり言って展望台なんていらないほど素晴らしい景色だったんです。とはいえ、僕も大人なので建物を設計しないと勝てないとは分かってますから(笑)、何かを設計しないといけない。

展望台の建設予定地からの眺望

コンペの要項には「和風の展望台」と書かれていたんです。ここで僕は、お題の本質を「和風の建物の設計」ではなく、「景観と調和する設計」だと読み取り、ならばと、透明な建物をつくれば風景との調和も取れるし、行政と僕のコンセプトの調和も取れると考えました。

ガラスやアクリルを使うことも構想にありましたが、建築基準を満たさないので、透明とは何かを突き詰めていきました。ヒントになったのが「透明な水のある風景」です。綺麗な川が流れる山間の風景を見ると僕らは「透明感があるね」と感じますよね。もし同じ場所から川がなくなると、誰も透明感を感じないはずです。それまで僕は「透明」という言葉は「何も無いこと」を意味する言葉だと思っていましたが、何かが透き通って見えるときにはじめて「透明」という言葉が当てはまるのだと気付いたんです。

透明な展望台の設計案

それで提案したのがこの展望台です。山を登って山頂に差し掛かると、ぼんやりと霧がかったようなものが見えて、近づくにつれて柱と梁によって構成された建築物だとはっきり認識できるようになります。エキスパンドメタルという船に使われるコールテン鋼材を使うことで「透明」を実現しました。メッシュ状なので、向こう側が見えます。目の錯覚を利用し、離れるとぼんやりと景色に馴染み、近づくとはっきりと建物に見えるような展望台ができれば、ひとつのアートピースとして建築そのものを見に来る需要も呼び込めるのではないかと提案しました。

メッシュ状のエキスパンドメタル(左)。遠くから見ると目の錯覚で透明に見える

太田:で、結果はいかがでしたか?

谷尻:結局勝ったのは、別の建築家の和風の展望台でした。ということで、この話からの教訓は「要項に書いてあることは守りましょう」ということですね(笑)。でも、一度ひらめいてしまうと、要項がどうであろうが自分のアイデアを貫きたくなっちゃうんです。

 

アイデアをパズルする企画力

太田:みなさん不安になってしまうので、そろそろ成功例も聞かせていただけますか?(笑)

谷尻:では、「ONOMICHI U2」はどうでしょうか。広島の尾道にある古い建物をリデザインするための、事業提案とデザイン提案でした。街をリサーチすると、しまなみ海道で尾道と四国と結ばれていることや、たくさんのサイクリストがやって来ていること、小さな建物の連なりと裏路地によって特徴的な街並みが形成されていることなどが見えてきました。さらに深堀りすると、尾道は「日帰り観光の街」だということも分かりました。

ここでまた、僕の性格の良さが発揮されます(笑)。「日帰り観光の街=誰も泊まらない街」と言い換えることができますよね。観光で街の活気を醸成するには、観光客の滞在時間を延ばす必要がある。日本では、来場者数で観光地としての人気を測ることが一般的ですが、例えばスイスのルツェルンでは「来泊者数」をカウントして得たフィードバックによって観光の改善が図られているそうです。僕らはこの来泊者数を伸ばす目的で、ホテルを含む古い建物を商業施設にする企画を練りました。企画の一部であるホテルには尾道名物の「自転車」と、古いものが新しく生まれ変わった「循環」の意味を込めて「HOTEL CYCLE」と名付けました。これは要項をバッチリ守って行政にも気に入っていただき、勝ち取った案件です。過去にないくらい要項を読み込みましたから(笑)。

僕は基本的には要項を読みません。条件ばかりに目がいってしまうと、企画よりも先に条件を前提にしたパズルになってしまうからです。まずは自由に考えて、出てきたアイデアを後で要項と照らし合わせて、パッとパズルするのがいいと思います。

太田:その街を良くするために、果たして要項が正しいのかどうかから考えはじめたいということですよね。

谷尻:要項をつくる人にセンスがなければ、センスのない街になってしまいますから。だから、うちのスタッフにも「僕の言っていることが正しいと思わないでね。みんなでチェックし合おうね」と伝えています。

仕事を請け負う建築家ではなく、価値を発信する建築家

太田:「ONOMICHI U2」の後に渋谷の「hotel koe tokyo」のような、宿泊施設も手がけていますよね。

谷尻:「hotel koe tokyo」はホテルをつくるのではなく、服を売るための企画を考えるプロジェクトでした。アパレル店は午前11時ごろにオープンして午後7時にはクローズしますよね。24時間のうちの8時間しか稼働しておらず、もったいないわけです。ホテルというコンテンツならば、24時間フルに使って服のことを伝えることができます。

ということで、1階ロビーにはポップアップ展示ができるようなレストランを設けてファッションと食を結び付け、小さなレコードショップやクラブがそろう渋谷にあやかってエントランスの大階段周辺には夜になると服が並ぶような仕掛けとDJブースを設けてファッションと音楽をリンクさせました。ひとつの空間が昼と夜で異なる機能を持つことは、ソーシャライズが広がる現代において重要なことだと思います。

「hotel koe tokyo」1階のレストラン部分と昼と夜で仕様を変えられるフリースペース(赤ライン周辺)

太田:私もオープン時にお邪魔しましたが、その大階段に若い人たちが座り込んでお酒を飲みながらDJを聴き、空間を楽しんでいたのが印象的でした。都内のホテルで、多機能な空間をもつところはなかなかありませんが、この「hotel koe tokyo」はその後もブランドのイベントなどに多彩な使われ方をされていますよね。その時々によって、ひとつの場所が変容することはこれからますます求められると思います。

谷尻:昔の民家の一室をつくっているような気分ですね。ちゃぶ台を置けば居間になって、布団を敷けば寝室になって、家族が亡くなったら葬儀場になる。空間ってそもそも多様なはずなんですが、いまは機能が割り当てられていることが大半です。だから余白を設計することに興味を持っています。

太田:その空間をどう活用するかという、使う側の知恵も試されるということですよね。

谷尻さんたちのオフィスでは、現在、多忙な社員の方々の健康を守るためにシェフを雇い、カフェ&レストランとして一般利用もできるような半分社内、半分社外みたいなスペースをつくられていますよね。

谷尻:僕らの食堂の特徴は「細胞をデザイン」することです。料理家である僕の奥さんにいつも「細胞の原料は食べ物なんだよ」と言われています。これまで僕もコンビニ弁当を食べていたわけですが、食べている途中で席を外し、振り返ってテーブルを見るとゴミのように見えたんです。そんなものをスタッフに食べさせていてはいけないと、会社として改善に取り組むことに。オフィスから地続きのスペースを「社食堂」と名付け、パブリックにも解放した飲食の空間をつくりました。オフィス、食堂、会議室、イベント会場などその時々であらゆる現象が起きる空間です。スタッフで一緒にご飯を食べる機会が増えて、仕事以外の話も弾み、より仲良くなりましたね。チームを組織するうえで食は大事です。

太田:建築家って依頼仕事を請け負うイメージが強いですが、谷尻さんは自分から企画して発信していくような取り組みを多くなさっていますよね。

谷尻:去年、「絶景不動産」というものを立ち上げました。ロスに住んでいるお客さんが絶景の見えるところに家を建てたいということで、インスタグラムで「滝探してます」という投稿をして、土地を探してみたんです。そうしたら、予想以上に連絡が来て、美しい滝のある土地が購入できることが分かったんです。絶景を探している人と、絶景を持て余している人が存在してることが分かったんですね。お見合いサイトのように両者を結ぶのが「絶景不動産」です。

今は、広島にホテルをつくろうと計画しています。レストランとギャラリーと、僕らのオフィスを入れて、世界中から事務所に人が集まってくれるような空間を実現したいんです。ホテルってアートやフードなど、さまざまなカルチャーが集積することにって成立する空間だと思います。また、広島のことを伝えるメディアもつくりました。こうして多角的に観光の活性化に寄与することができると思っています。

 

アイデアを必ず実行するベンチャー起業家

太田:多くの人がそうだと思いますが、やりたいことのアイデアはあっても日々の仕事に忙殺されて、実行できないことがほとんどです。必ず実行までもっていく秘訣はなんでしょうか?

谷尻:ほとんどの人は「やりたい=want to」ばかりで、実行に移しません。これを「やらなきゃいけない=have to」に変え具体的にスケジュールに落とし込むだけです。そうすると実現のために具体的に行動し始めますから。

太田:そうは言っても、谷尻さん一人のキャパシティにも限界がありますよね。

谷尻:他の人にやってもらいます。というのも、大切なのは「押し付ける」ことなんです。「僕がどこかで手助けしてくれるだろう」と思われるとうまくいかないので、「君がやらないとできないからね」と責任を渡すようにしています。そうやって、社員一人ひとりがひとつのプロジェクトをかたちにしていかざるを得ない状況にすると成長もありますし、「やらされた」のではなく「自分でやった」という自負も生まれますから。

太田:これまでの建築家の仕事の域を超えたアイデアやサービスの提供、実現までのスピード感、さらには運営サイドとして主体になることなどはまさにベンチャー起業家のようですよね。一言で「建築家」と言っても考えていることも活動もそれぞれ違いますが、そのなかでも谷尻さんはかなりユニークです。

谷尻:僕は大学も行っていないし、師匠もいません。自分で考えるしかないなかでずっとやってきたので、良い意味で「無所属」です。だいたいの建築家はどこかに所属があるので、流れを汲む必要があったりアカデミックなしがらみがあったりします。僕は周りの評価には興味ありません。それよりも、自分が思う価値を大切にしたいと思っているんです。

Photographs by Yuki Tanzawa
Text by Ryo Inao

2018/7/25

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