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REPORT

『ムー』と進化論研究者が語った“科学の真実”

『月刊ムー』をご存知だろうか? 未確認生命体(UMA)や未確認飛行物体(UFO)、心霊・超常現象など、科学的に説明できないあらゆるものごとの話題を世に届けてきたメディアが月刊『ムー』。新たな科学メディア「NATURE & SCIENCE」のローンチを記念して開催された本講演に、「超科学的」な『ムー』の三上丈晴編集長が登壇。生物の進化、科学史を研究する筑波大学の渡辺政隆教授も迎えて、「科学とはなんなのか?」という壮大な問いについて、気持ちの赴くままに語っていただきました。


科学とは何か!?

神吉弘邦(「NATURE & SCIENCE」編集長/以下、神吉):ウェブマガジン「NATURE & SCIENCE」の編集長を務める神吉(かんき)と申します。今年8月27日に新たに立ち上がったばかりのメディアで、自然界を舞台にした読み物とともに、化学、天文学、物理学、生物学、地球科学という自然科学5分野の記事をお届けしています。

今回はこの新しいメディアのスタートを記念して、科学をよく知る立場の筑波大学の渡辺政隆教授、そして月刊『ムー』の三上丈晴編集長に参加していただき、「科学とは?」という壮大な話題について熱く議論していただきます。

(左から)月刊『ムー』の三上丈晴編集長、「NATURE & SCIENCE」の神吉弘邦編集長、筑波大学の渡辺政隆教授、「H」のタジリケイスケ編集長

三上丈晴(以下、三上):『ムー』の場合は科学は「超科学」になるけどね。なんでも「超」をつけるから(笑)。

タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):今日は「科学は何か?」というテーマです。まず「科学」の語義を辞書で引いてみたところ、「一定の領域で対象を客観的、系統的に研究する活動」とありました。では、いわゆる超常現象と言われるものが、果たして世間で叫ばれるように非科学的なものなのかどうかを、詳しいおふたりにお伺いしたいと思います。渡辺教授は、科学と一般社会をつなぐ役割を果たす「サイエンスコミュニケーター」としても活動なさっていますね。

渡辺政隆(以下、渡辺):なんだか大学の講義みたいですね(笑)。

三上:「科学」と聞いてみなさんが思い浮かべるのはだいたい自然科学ですよね。でも、「社会科学」とか「政治科学」とかたくさん種類がある。じゃあ、自然科学の「自然」とは? 「Nature=自然」なのでしょうか? 似たような言葉に「天然」という言葉がありますが、両者は似て非なるもの。この違いは言ってしまえば、林と森の違いのようなものです。林は人の手が入った整備された場所。森は人間の手が一切入っていない場所。「天然」がこの森にあたり、人智の及ばない領域が「天然」だとすることができます。

タジリ:「超」を付ける意味は何ですか?

三上:「超」が付けば何でもいいんです(笑)。理系的な言い方をすれば、「科学」はいわば時間のパラメータを内包した概念なんです。19世紀から21世紀で、科学の概念はそれぞれ異なります。そのため、常識や定説はつねに変わっていくものであるという大前提で科学を見る必要があると私は思っています。その時々に合わせて変化するのが科学なんですね。

渡辺:科学神話ともいうべき、科学への信用が偏りすぎた感が確かにありますね。科学とは本来、「方法」です。科学は絶対真理ではなく、それを探るための方法にすぎないのです。三上さんのおっしゃるように、常に書き換えられていくのが、科学の持つ最たる特徴なんですよ。

タジリ:証明可能な問題が科学だとすると、『ムー』ではなかなか証明できないような問題を取り扱っていますよね?

三上:だからタイトル等に「!?」をよく使うんです(笑)。

タジリ:科学者であられる渡辺教授は『ムー』をどんな存在としてとらえていらっしゃるのですか?

渡辺:「存在しない」ということは証明できないので、それをうまく利用している『ムー』は強いと思いますね(笑)。それが科学の限界でもあります。多くの人は、科学ですべてが証明できるという幻想を抱いている。その幻想と、方法論としての科学とのギャップにニッチを得ているのが『ムー』だと思います。

 

探究心をくすぐる『ムー』が再注目されている!?

タジリ:三上さんにお会いする以前は、『ムー』の編集長ということもあり、とてもオカルティックな方なのだろうと思っていました。でも実際にお会いしてみると不可思議というよりも、むしろ理路整然とされているというか……。

三上:読者の方々は、『ムー』をオカルト雑誌だと思っていないようですよ。われわれは、オカルトも科学もどちらも同等に扱う雑誌だから。

渡辺:1981年に『Newton』が創刊されて、日本に科学雑誌ブームが起こり、似たような雑誌が乱立しました。79年創刊の『ムー』はそれに先んじて創刊し、バブルを乗り越えて、いまなお存在し続けている稀有な存在なんですね。

タジリ:『ケトル』という雑誌に取り上げられたり、ファッションセンターしまむらやアイウェアブランドのJINSとコラボレーションしたりと『ムー』が再評価されているように感じますが、こうした動きを三上さんはどう考えていますか?

三上:創刊当時の子どもたちが、いま社会人として裁量権のある立場になり、そこで、「懐かしの『ムー』を起用してみよう!」という独断ができるようになっただけのことではないでしょうか?(笑)

三上:でも、人類共通の性だと思いますが、謎の真相が解明できると嬉しいですよね。オカルトへの興味は、探究心からくるものです。「火の玉はプラズマ現象だ」と主張している早大の大槻義彦教授も、自身のプラズマ研究の成果をオカルト現象である未確認飛行物体(UFO)の検証に生かしたわけです。超常現象の謎を解明した大槻教授は、科学者であると同時にオカルトUFO研究家でもあるんです。

現在の範疇では空飛ぶ円盤や超能力などは解明できませんが、未来では謎が解けているかもしれません。よく分からない現象は、科学という方法によって、明らかなものにできるんですね。

研究・検証して、論文にするという科学の手続きを経ずに、まことしやかに世間で新事実だと目される現象も多々あります。これは主に商業的理由で起きるのですが。例えばマイナスイオンとかね。

渡辺:19世紀に心霊ブームが起き、イギリスでは大真面目に降霊会などが頻繁に開かれていました。そうしたオカルトに当初は否定的だった当時のある科学者が心霊現象を科学的に解明しようと試みましたが、「心霊現象ではない」ということを証明することはできませんでした。最終的にその科学者は、「疑いのあった事象を反証できないということは真実と認めざるを得ない」と、支持派に回ってしまいました。これなどは、科学絶対神話の罠に、科学者自ら陥った例ですね。

タジリ:ところで『ムー』の企画のネタなどは、どうやって集めているのですか?

三上:創刊当時からずっと悩んでいます。毎日UFOが飛んでいるわけではないのでね(笑)。

渡辺:昔スコットランドのエジンバラに行ったときの話です。地下に迷路のような空間が広がっていて、かつて人が住んでいた建物があります。そこをゴーストツアーで訪れてみると、たくさんの献花がありました。女の子の霊が出ると日本のある霊能者が発表したことで、観光客が増えたそうです。それが宜保愛子さんだったそうです。

三上:良い仕事していますね!(笑) 日本では幽霊物件は価値が下がりますが、イギリスでは幽霊やゴーストが好まれるようで、幽霊物件のホテルが1年先まで予約が埋まるなど一定の人気を誇っています。

タジリ:では、改めて「科学」とはどんなものなのでしょうか?

三上:「科学」は手続きであり、手法。世に蔓延(はびこ)るグレーな部分を科学によって検証していけばいい。これを詐欺まがいに悪用してもっともらしいことを言ったり、不確実な効果をうたったりすることを「非科学」とでも言っておきましょう。それで、『ムー』が扱うのは「超科学」です。

渡辺:超えてしまっているんですね?

三上:はい、形而上に行ってしまっています。

タジリ:この謎はなかなか解けそうもありませんね(笑)。

 

進化とは何か!?

タジリ:渡辺教授は進化論を研究されており、進化についての著書も多数出されていますね。

渡辺:進化を科学として研究することは、日本では長らくタブー視されていました。証明不可能なことを研究するなど、非科学的だと。物理学や化学のように再現実験ができるものだけが科学の範疇に絞られていた面がありました。それを、現在の傍証と援用しながら歴史的な事象に関する仮説を立てて、できる範囲で検証して科学にしたのがダーウィンです。

しかし、現在では技術が発展して遺伝子の分析が可能になり、進化の再現実験がある程度可能になってきました。

三上:いまはちょうど遺伝子工学の発達で新しい発見が多く、進化の研究がおもしろい時期です。動物の分類も昔といまでは大きく違います。恐竜を爬虫類に限っていた過去がありますが、いまや現生鳥類とトリケラトプスを含むグループの最も近い共通祖先より分岐したすべての子孫であるといった定義もあり、情勢は刻一刻と変わっています。もはや生物の分類をリセットしてしまってもいいと思います。

渡辺:新しい知見が出てきたら、分類が変わるのは当然の結果ですよね。いままでの分類は外見だけで行われていたので、遺伝子レベルで分類できればおもしろいですよね。

最近おもしろかったのは、奄美大島に生息するアマミノクロウサギの研究です。同じ島で生まれ育ち、見た目もほぼ同じ個体でも、遺伝子を調べたところ山を挟んで系統が異なることが分かりました。これほど近い範囲でも交流がなくて系統が分かれてきているという興味深い研究結果でした。

進化という言葉については誤解があります。進化論といった場合、それは現在の生物はみな共通の祖先に由来しているという考え方を指します。そしてそれを証明する科学が進化学、その仕組みに関する仮説が進化理論です。それと、「進化=進歩」という考え方は必ずしも当てはまりません。

三上:それから、「ウィルス進化論」なんてものもあります。ウィルスに感染した結果、進化したというユニークな説です。実際に人間の遺伝子にも全然違う遺伝子が入ってしまっている可能性はあります。

今後バイオテクノロジーが発達して品種改良が進めば、きっとすごい生物が生まれますね。以前、ネズミの背中で人為的に創造した生物を育てて、倫理的にとがめられたケースがイギリスでありましたよね。

渡辺:そういえば、三上さんは筑波大学の学生だったころ、人面犬で盛り上がっていたそうですね(笑)。

三上:はい。まさに筑波大は人面犬発祥の地ですね(笑)。

渡辺:とにかく進化についての学説は数多ありますが、ダーウィンの提唱した、進化とは枝分かれであるという原理は重要です。一度別れた種が融合することは原則的にありません。しかし、枝分かれした種のうちどれが生き残るかは、言ってみれば時の運です。なので、現存している生物が勝者だとは限りません。

ただ、地球上に生命が生まれてからいままで、マジョリティはつねにバクテリアです。その歴史と数は人類のそれの比ではありませんから。

三上:もしかしたら、われわれの思考はバクテリアによってコントロールされているかもしれませんね。異星人が遺伝子操作した結果、ホモ・サピエンスが生まれたという説もありますね。「アメリカの学者がタコは地球外生命体だった可能性がある」と発表していました。タンパク質の構成などがあまりにも他の生物と異なるそうです。

渡辺:確かに、タコやイカはわれわれ哺乳類と同じ原理の目を独自に進化させました。遠い別の系統なのに、これは驚くべきことです。

一時代を画した本にライアン・ワトソンの『生命潮流―来たるべきものの予感』というものがあります。ワトソンはそのなかでおもしろい問題提起をしています。地球上で最も大きな目を持つのはダイオウイカである。しかしその目で集めた情報はどこに送られ、何に生かしているのだろうかというのです。巧みなレトリックで興味深い着眼点ですよね。

三上:ちなみに、人間の目には光を感じることができずに物が見えない「盲点」がありますが、タコにはないとか。

渡辺:そうなんです。網膜と神経のつながり方が人間とタコとでは違っているからです。タコの目の方が、人間のそれよりも合理的だと言えますね。

三上:生物はどうして発生したのか。そのひとつの説として宇宙から地球に降り注いだのかもしれない。

渡辺:彗星の尾のなかに有機物が存在しているということは確認が取れています。ただ、極論を言えば、すべての生命はビッグバン由来の素粒子でできているので、宇宙から降り注いだということになってしまいますね。

三上:火星にはかつて海があった痕跡が見られるらしいです。ということは生物がいた可能性が高い。その遺伝子を調べれば、もしかしたら人類のルーツを探る糸口が見つかるかもしれません。

 

なぜ人は未知なるものにひかれるのか!?

タジリ:ここまで話してきた科学や進化の研究は、すべて「なぜ?」という疑問からスタートしているように思います。「人間は生まれながらにして知ることを欲する」とアリストテレスも言っていますが、なぜ、われわれは未知のものを解明したがるのでしょうか?

三上:簡単に言うと、怖いからです。怖いから正体を知りたいんです。心霊写真なんか、恐れおののきながらも見たくなっちゃうでしょ。

渡辺:あとは、美しいものがなぜ美しいのかを知りたいという場合もある。要は、恐怖と美しさが好奇心の基本で、科学はそうした感情によって発達してきたのだと思います。

三上:哲学的に言えば、「エロス」と「タナトス」、つまり「生への欲動」と「死への欲動」ですね。

神吉:ちなみに、『ムー』の読者の4割が女性ということですが、今の説とは何か関連は見られるのでしょうか?

三上:女性は占いやパワースポットなど、スピリチュアルなものが好きじゃないですか。理屈じゃない。意外にも残酷でグロテスクな特集をすると女性からの反響が良いですね。女性の方が生命に対して敏感なのかもしれません。

タジリ:未知なるものを追求することと進化は結び付いたりしますか? 知識を蓄え、より高度な生命体になろうとするDNAの命令と関係があったり。

渡辺:それにはなんとも言えませんが、われわれ人類をはじめ、生命がどこから来てどこへ向かっているのかは誰もが知りたいところでしょう。なぜビッグバンによって宇宙ができて、なぜ私がここにいるのか、考えてみると不思議ですよね。宇宙物理学者の多くは、その思考の途中で神に出会っちゃています。宇宙について知れば知るほど、宇宙の法則を司る人知を超えた存在への期待が高まるのかもしれません。

三上:日本ではまだそこまで進んでいませんが、アメリカなど地球外生命体の研究が学問として成立している国も多いです。

意外なことにバチカンも天文台を持っているんですよね。地球外知的生命体を探しているんです。神が宇宙の創造主だから、そのなかに仲間がいるなら布教しなければいけないという信念でバチカンは宇宙を覗いているみたいです。

渡辺:方法論の異なる、宗教と科学と超科学が共存しているんですね。

三上:結局はすべて「人間とは何か?」という哲学ですから。高校の現代社会の教科書を開くと、最初のページに「人間とは何か……というギリシャ以来の命題は、いまだに解かれていない」という旨の言葉が書いてある。これについて追求しているのが『ムー』です(笑)。

タジリ:『ムー』を読んでいれば、人類最大の命題の解が得られるかもしれないんですね。

三上:もちろんです(笑)。

渡辺:チンパンジーやゴリラのような類人猿と人間の大きな違いは、未来を想像する力です。われわれは危機に瀕したとき、先に感じる痛みを予想するから恐怖を感じます。でも、チンパンジーには予想ができず、恐怖を感じません。想像し、恐怖を感じるからこそ人間は超常現象を信じたくなったり、宗教や哲学が必要になるんです。他の動物は生きていくうえで必要な情報だけを集めればいいけれども、われわれ人間は余計なことを考えたり、妄想したりしてしまいます。

三上:基本的に妄想族ですから(笑)。

タジリ:科学を理解するうえで、科学・非科学も関係なく、結局は「人間とは何か?」という根源的な問いを省みることが大切なんですね。奥深い話でまだまだ聞きたいことがありますが、お時間となりましたので本日はこれにて終了とさせていただきます。ありがとうございました。

Photographs by Kazuma Hata
Text by Ryo Inao

2018/11/6

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