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REPORT

落合陽一が考えるアートとビジネスの関係性

急速な変化と多様化していく現代のビジネスシーンでは、従来のデータに基づいたアプローチだけでなく、「アート的思考」が不可欠になっています。今回は、メディアアーティストの落合陽一さんによる展示『質量への憧憬 ~前計算機自然のパースペクティブ~』に合わせて行われたトークセッションの第2回目として、NewsPicks CCOの佐々木紀彦さんとともに、これからの時代のビジネスシーンに必要とされるアートの役割や重要性について語っていきます。


クリエイティブは不正解のないコミュニケーション

タジリケイスケ(「H」編集長/以下、タジリ):本日は、ここamana squareで「質量への憧憬」展を開催している落合陽一さんと、NewsPicks CCOを務める佐々木紀彦さんに、これからの時代に必要不可欠なアート性と多様化するビジネスシーンの課題についてお話していただきます。

落合陽一(以下、落合):本日は「ビジネスシーンで活きるアートの役割」ということで、その観点でのアートの話を進めていきますが、僕はアートを鑑賞する文化が日本に根付いていないからこそ、アートの世界にもっと素朴に参加してほしいと思っています。

日本の小中の美術教育はデッサンや塑像、水彩画、木版画などが主流ですが、学校に通わなくても芸術行為は学べると思います。特に写真はフレーミングしてシャッターを切るだけだから、スマホを使えば誰でもできる。けれど、構図に対して意図的にフレーミングして写真を撮っている人が少ないのが現実だと思います。

写真はインフラも整っているから導入しやすいのに、なんでエリートたちはビジネスで活用しないのかなって疑問に思います。例えばプレゼンテーション用のパワポ資料を印象的なものにしたいと思ったとき、フリーのストックフォトを使っていたらTED風と言われるなかに埋没して全くキャラが出ません。だからこそ、伝えたい価値観があるときにはしかるべき写真を使うべきでしょう。

佐々木紀彦(以下、佐々木):左脳的な人は言葉で物事を捉える傾向があります。だからロジカルシンキングになり過ぎて、本質を捉える力が弱い。

メディアアーティストの落合陽一さん(左)と、NewsPicks CCOの佐々木紀彦さん

落合:確かに。僕は、もっと右脳的な人が増えると世の中が平和になると思っています。例えば、インスタグラムのコメント欄は炎上することが少ないじゃないですか。それは、ビジュアルで表現したときに現れる平和的な場の力があるからだと僕は思います。それはもっと意識した方が良いですよね。

佐々木:人は右脳で捉える情報がきっかけだと喧嘩しないということ?

落合:そうだと思います。同じ「違うよ」ということでも、言葉で直接相手に伝えるより、ビジュアルとイラストで伝える方がクリエイティブで共感しやすいですよね。

佐々木:クリエイティブに正解・不正解はないもんね。確かに、外交の席でもいきなり仕事の話をしないで、最初に芸術の話から入ったりしますよね。

落合:だからおもしろいのは、本を出版するとマウンティングを取ろうと批判する人が出てくるけど、写真展とかコンサートといった五感に訴えかける表現では意見が平和的だということ。好き嫌いはあるけど、建設的でない批判は出にくいんです。それがコンテクスト強めの芸術になるとまた言語的なマウンティングが増えますが。

ビジネスパーソンにアートや美意識が必要な理由

佐々木:アートの世界でもビジネスパートナーをつくれれば良いなと思っています。

落合:ビジネスの会話のなかに、現代アートとか写真とか絵とか映画がもっと出てくるだけで、日本は豊かになりますよね。外国と比べて日本に足りてないものって、芸術と政治の話です。政治の分野では、みんな政治家を批判するくせに、政策の議論はほとんど出てこない。誰かが言った意見に対して、ポジティブかネガティブかのポジショントークしかしません。「では、あなたならどうしますか?」と聞いたら黙ってしまう人が多い。

佐々木:メディアでも政策の肝心な部分や芸術のことはあまり話題にならないですよね。そもそも、ビジネスパーソンにアートや美意識が必要な理由は何だと思いますか?

落合:好きなものを「好き」って言えることじゃないですか?

佐々木:そうですね。いったん学んだ知識や既存の価値観を批判的思考によって意識的に捨て去り、新たに学び直すアンラーニングをやっている方がいて聞いてみたら、「現代人は思考停止になる前に、感情停止になっている」と。だから、感情を動かすためのひとつのソリューションとしてアートは良いと思いますね。

落合:好きか嫌いかを人間に対しては言うくせに、作品には言わない。「あいつはネクタイを締めていないからだらしない」って言うけれど、「あの展示されている壺はどうですか?」と聞くと「分からない」と答える。そこが良くないです。みんなエグゼクティブになってからアートに触れようとするんだけど、その時点でアートについて一から教えないと分からない状況で、それでは遅い。審美眼は若いころからやらないと大変なんです。

佐々木:アートを学び、自分の価値観で良いか悪いかの判断ができれば、もっと感覚が研ぎ澄まされますよね。

落合:写真を撮るときも、「これをこう切り取ってもいいんだな」って思えることが大切だと思います。そう思えない状態だと、ロジックとマウンティングの世界になってしまう。会社で言えば、椅子を温めることが仕事になってくると、椅子を奪われないためのマウンティングくらいしかすることがないんですね。

佐々木:マウンティングをする人は価値観を自分から発信しない手段を選んで済ませてしまう。だから、人の何かにケチを付けるんです。

落合:それってボケとツッコミの関係で言うと、ツッコミばかりが増えていく世界になるということですよね。

佐々木:ボケる方が大変だから、「総ツッコミ世界」は地獄ですね(笑)。

落合:あんまり幸せじゃないですね。新しく発信する上で、批評されることも大切だけど、それだけになっていくと厳しい。優秀な批評家は必要だけど、素人批評家だらけの世界って気持ち悪い。

もうひとつの問題は、アートを買うのは成功したビジネスマンがほとんどで、彼らがそこからアート学び始めるということです。僕が展示している一番小さい写真はだいたい8万円くらい。駆け出しのアーティストはだいたい大きい絵で10万円、20万円ぐらいです。そういうものを自然に買う感覚が、若いビジネスマンにも身に付いてくると良いなって思うんです。僕はアートを家に飾っておきたいと思いますが、普通は美術館に1000円か2000円を出して見に行く。そうなると作家に直接お金が流れないから、困窮してしまうアーティストも多いわけです。

 

深く狭いクリエイティブがメジャーになる

落合:僕の写真集は98,000円で、普通の写真集と比べたら20倍くらいの値段です。原価は20倍よりはるかに高いから、200部しか制作していません。アマナの印刷クオリティが高いから、アイテムとして持っていても価値がある。そのまま飾れる設計にしたので、言うなればアート作品と出版物の中間くらい。だから高額なものでも高い付加価値があればビジネスモデルとして成立するんです。普通は写真集って本棚に入れちゃって背表紙だけ見て暮らすことになる。それじゃぁもったいない。

佐々木:要は、「深く狭く」ですよね。

落合:狭くて原価率が粗悪なものではなくて、異常に高くても成立するようなもの、クオリティを上げまくったものはおもしろいと思います。

佐々木:狭いようで実は途中から広がっていって、結局メジャーになることも多い。

落合:ニッチなものを目指すにはアートの考え方はすごく向いています。実際に「これは自分にしかつくれないんじゃないか」って思う瞬間、時代性とシンクロするときがあって。例えば、1960年代からネオン管を曲げて作品にしている作家は何人もいて。僕だったら時代性としてLEDを用いて、自分のバックグラウンドとして生け花とかに巻きつけて写真に撮ることで、その特別なプロセスを映し出したらおもしろいんじゃないかとか考えるわけです。それぞれの時代ごとのニッチを深く掘り下げていくとむしろポップになって、それが横展開されたものが循環していく。例えば、いまの時代に昔の現代アートを持ってきたら見方も変わりますよね。そうやって過去の文脈を引き継ぎながらアップデートしていくと、昔と違う、いまの時代なりの表現に落ちていくんだと思います。

佐々木:この前、秋元康さんが、「落合陽一は本当に自分の好きなことばっかりやっていて、人に分かってもらおうとしていないところがおもしろい」って話していました。「NewsPicks」については、「エッジこそニュースになる時代にマスをやっているのがおもしろい。逆に、メジャーに寄ろうとした時点で終わりだな」って。つまり、ニッチを貫いているとそれがメジャーになっていくんですよね。秋元さんも元々メジャーではないし、AKB48もブレイクするまでにすごく時間がかかりました。ところで、いまの時代の秋元康はどこから出てくるんだろう? 編集者の箕輪厚介さんが秋元さんに近いのかな。

落合:雰囲気は似ていますね。秋元さんから「絶対おまえはメジャーになるな」って言われたらしいですよ。

佐々木:最初からメジャーを目指していたらつまらない。

落合:元SMAPの香取慎吾さんが絵を描いてアートをやりだしたのもおもしろいですね。

佐々木:なんでそこの世界にいくんですかね。

落合:やはり「濃くて深いもの」にいきたくなるのかな。写真家の杉本博司さんの活動もおもしろい。写真家なのに茶室みたいな家とか鉄柱建築物をたくさんつくっていて。複製技術である写真に相反して、表現がどんどんコアになって深く落ちていくのはすごく良く分かります。

ひとりでつくるアートと、みんなでつくるアートの違いとは?

佐々木:ちなみに、落合さんはひとりでつくるアートと、みんなでつくり上げていくものの違いはどこにある?

落合:例えばあそこに展示されている、オーケストラの写真とファッションショーの写真を見てもらうと分かりますが、この場合、自分の視点ではなく観客として何が一番気持ち良いのか、客観的な目線で撮らないといけない。

展示されていた落合さんのオーケストラとファッションショーの写真 Photo by Kazuma Hata

落合:でも、狭く届けるアートをつくっているときや、家に飾りたいものつくっているときは、他人を考える必要がないから、純粋に僕が欲しいものを考えます。

佐々木:いままでのことを聞くと、落合さんの想いが一番出ているのは写真だね。

落合:メディアアートもそうですけどね。展示されているコンクリートとかたいまつも家に置きたい。

落合さんのメディアアート作品 Photo by Kazuma Hata
8Kテレビとブラウン管のテレビの周りに、砕いたコンクリート配したインスタレーション Photo by Kazuma Hata

落合:だから、展示しているソルトプリントも実はあまり売りたくない(笑)。自分で売るものも含めて、ここに置いてあるものは全部、一歩引いて客観的に見ています。その価値感覚ってビジネスマンにも重要だと思いますよ。

展示された落合さんのソルトプリントの作品 Photo by Kazuma Hata

佐々木:同じことが言えるなって思ったのは、記事を書くとか本を書くとかはひとりで完結する。一方でNewsPicksでも映像をやり始めて2年ぐらいになりますが、番組はみんなと一緒につくるもの。だからこそ、より一歩引いて「これおもしろいかな?」って客観的な立場から見ることは大切ですね。
そういえば2年前に落合さん、「NewsPicksで今後何をやれば良いのか」という話題で、「動画」だと言っていましたね。

落合:いま動画やっていて良かったですね。

佐々木:音声については今後どう思いますか?

落合:みんな読む時間がないから、オーディオも良いと思います。僕も目が見えない人にも届けたいから、今回の写真展は目が見えない人にも招待状を出しました。盲目の人にどうやったら作風を感じてもらえるのかというのは考えています。

佐々木:確かに、テクノロジーの力だったらできることも多いですよね。

落合:作品を凸凹にしたりもできるし音が鳴るようにもできる。前の個展では音が出るようにしていたので、今回もやれば良かったといま思いました。

佐々木:それではここで、会場の皆さんからも質問をもらいましょう。

 

「気持ち良い」で構築されるアートの世界

来場者A:展示写真は大きく引き伸ばしてプリントされているものが多いですが、撮影の段階ではどこまで意識して撮っていますか?

落合:僕は目が良いから、撮影の段階で結構細かいところまで見えていて、全体の構図も考えながら撮っています。なので作品のなかにトリミングしたものはないですね。

来場者A:撮影には大体どれくらいの時間をかけているんですか?

落合:30秒くらい。だいたい走り回りながら撮っているから。けれど鳥居の写真と雑木林の駐車場の写真は時間がかかっています。撮る瞬間も大切だけど、構図を考えるのに時間をかけたりはします。

鳥居 Photo by 落合陽一
駐車場の奥にある雑木林 Photo by 落合陽一

来場者B:僕は大学院生で最近アートを勉強し始めたのですが、なかなか「アート的感覚」を培うことができていないと思っているのですが、普段から何をすれば良いでしょうか?

落合:問題意識はすごく良いと思います。日常を生きているなかで気持ち良いとか、スッキリしたとか、あるいは形とか見た目に何かを感じたことはないですか?

来場者B:自分の意見が周りに認められて広まったときは気持ち良いです。落合:その気持ち良い感覚を、何かを見たときに得ることができるのがアート的だなって思います。それは丁寧に削られているとか、色が塗られているといった表面上の綺麗さとは違うんですよね。つまり、必ずしもうまさは必要ないと思っていて、自分が率直に感じた気持ち良さを構築して、表現することができるのがアートの良さだと思います。そしてそれが文化のどこに接続するか常に考える。

落合:それは写真も同じで、いまの時代、高精細な写真はいくらでも撮れる。でも、解像感が高いということを気持ち良さにしてしまうと、数年後に10億画素のカメラが出てきたら一気に見劣りしてしまう。だからこそ僕は、少しくすんだものに良さを感じます。そのアート的な気持ち良さは、僕のなかで質量を感じた瞬間ともつながっていて、今回の写真展のタイトル「質量と憧憬」という言葉にはそういう意味も込められています。

それと、作品と対話するのも良いです。例えばこの写真を見たときに……

Photo by 落合陽一

落合:「見えにくいけど、よく見ると『ヨドバシアキバ』って書いてあるから、秋葉原なんだね。この形は雲なのか。ってことはこの光は太陽で、逆光なのにこんなに露出を絞っているんだね。この形は何だろう? レンズなのかな……」

みたいに作品と会話できたらいいよね(笑)。

佐々木:落合さん、ひとり対話がうまいですね(笑)。

落合:この木の写真だと……

落合:「これは木の根っこだね。外皮に水滴が付いている! ということは朝なのか? これ何か塗ってあるよね。自然物なのかな? 人工物なのかな? 誰かが意図的に塗ったのかな? 落ち葉があるからこれは森のなかなんだ……」

こんな感じで作品を見ていったら、自分が気持ちよく感じるポイントが分かってくると思います。

来場者C:感覚的に物事を捉える人と、ロジカルに物事を捉える人が分かり合うにはどうすれば良いですか?

落合:感覚で対話する人たちは、文脈は関係がないから基本的に右脳から入る。一方で、左脳の人はウンチクから入る。僕はどちらの視点からも見ることが大切だと思います。だから、あまり難しいことを考えずに率直に作品を見る感覚と、背景や文脈を理解した上で論理的に作品を理解するという感覚の両方を意識的に体験してみれば良いです。

佐々木:情報が多すぎても良くないよね。美術館でオーディオガイドとか聴くけど、「ここの作品は1950年代の時代を背景にして~」みたいに文脈的になっちゃう。そう考えると、落合さんの話ってロジカルなようでアートっぽいですよね。メディアアートは文脈的でありながらアートとしても表現しなければならない、相反性を求められる職業なんですね。

アートには体系型学習はいらない

来場者D:アートを学ぶ上で、順序はあるのでしょうか?

落合:好きなジャンルがあれば好きなものだけ見ていけば良いと思います。嫌なものを見てもしょうがないでしょう。一番駄目な例は、アート本を何冊も買って家に溜まっていること。間違っているとか正しいとかはないから、さっき僕がやったように好きな作品と対話しながら見ていくことが一番良いですよ。

タジリ:落合さん、佐々木さん本日はありがとうございました。そろそろお時間となります。「アートで表現できるクリエイティブ性」そして、「クリエイティブをビジネスシーンへいかに取り入れるか」など、ビジネスを生き抜く上のヒントを得られたのではないでしょうか。素晴らしい対談をしてくださったおふたりに盛大な拍手をお送りください。

Photographs by Honami Kawai
Text by Kaito Yamamoto

2019/4/24

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